一駅前で降りて帰るとなると、おそらく家にたどり着けなくなる。
なので、最寄駅から最短で帰るのではなく、ちょっと回り道をして帰ってみた。
少し散歩をしてみようと思ったのだ。
ぼくは、昨日久しぶりに空を見上げた。
空のことなんて考えもつかなかったのだ。
紅葉もいつの間にか終わっていた。
最後に月を見たのはいつだったかも思い出せない。
知らないうちに心に余裕がなくなっていたのだ。
ふと、思い出したのは、村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の一節だ。
「疲れを心の中に入れちゃだめよ」と彼女は言った。「いつもお母さんがいってたわ。疲れは体を支配するかもしれないけれど、心は自分のものにしておきなさいってね」
「そのとおりだ」と僕は言った。
村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮文庫)
「疲れている」
と、試しにぼくは空に向かってつぶやいてみた。
僕は疲れているのだと知った。
その時、心のすみのほうにぽっかりと穴が空いたような気持ちになって、
どうしたら良いのかわからなくなってしまった。
たまらなく悔しかった。
あまりに無力な自分が情けないと思った。
涙が出たわけでもない。ただ、どうしたらいいのかわからないのだ。
歩いていると、小さな手袋が落ちていた。
灰色の小さな手袋。
僕はそれを拾い上げ、垣の上において、明日には見つけてもらえるといいね、と声をかけた。
15分ほど歩いていると、少しずつ体が暖かくなってきた。
「まだ、生きている」と思った。
少しだけ、気持ちが落ち着いた。
家に帰ってきて文章を書く。
あらためて、心とは一体何だろうと考える。
心は目に見えない。
それでも守らないといけないのです。
どうしたらいいのだろう。
茨木のり子なら、ばかものよと一喝してくれるだろうか。
もしも僕の心があたたかくてやわらかい心なのだとしたら、
なんとかして守らないといけない、と思った。
歩いていると、いろんなことを考えます。
自分とゆっくりとむきあう時間になるのかもしれません。
あしたも、ちょっと遠回りして帰ろうと思った。
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